幸せを約束する聖書の言葉

あなたが聖書のみ言葉に接するとき、心に満足と喜び平安が与えられます

3分間メッセージ

母の感化

母の思い出に、雨の降る日に一つの話を聞かせてくれたことを思い出します。それは芥川龍之介という作家の「蜘蛛の糸」というお話でした。 その頃、私は小学5年生で無我夢中で遊ぶことに熱中していました。落ち着きのない私は学校でいつも先生に叱られてばか…

福音の喜び

福音は喜びをもたらします。 それは、福音そのものにあずかる喜び、伝える喜び、福音によって救われる人々を見る喜びがあるからです。 神の子イエス・キリストが来られるのを伝える声として、バプテスマのヨハネが荒野で働いていました。その荒野に、各地か…

私はあなたと共にいる ︙

「恐れてはならない、わたしはあなたと共にいる。驚いてはならない、わたしはあなたの神である。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わが勝利の右の手をもって、あなたをささえる。」イザヤ書41章10節

人間の愛と意志の限界

小さい頃、友達と議論していて、自分の言っている事が間違いないと主張するために、「絶対に」という言葉をよく使ったものです。 約束を絶対守るとか、絶対ウソをつかないとか言ったものです。それは、単なる強がりで、真実味がありません。大人になってくる…

恵まれているように

人生の旅は、自分探しの旅であると、ある人は言います。 人生の旅で様々な出会いを通して、あるべき自分にたどり着くということです。 聖書の中に、「あなたの魂が恵まれているように、あなたがすべての面で恵まれ、健康であるように祈っている」(ヨハネの…

終わりについて

聖書は「終わり」ということについて、特に強調しています。 人生の終わり、この世の終わりについて語っています。始めがあれば、終わりがあるのです。 ところで、終わりは終わりでしょうか。映画の画面に、The end という文字が出ます。終わりという意味で…

心を騒がせないがよい

心の支えが失われた時、頼りにしていたものが、当てにならなくなったり、又、先が見えなくなると、私たちは、不安になるのではないでしょうか。 イエスは、弟子たちが心を騒がせ、不安に思っているからこそ、「神を信じ、またわたしを信じなさい」(ヨハネに…

忍耐して祈る、信仰をもって祈る

イエスは、気を落とさずに絶えず祈らなければならないことを教えるために、弟子たちにたとえを話された。「ある町に、神を畏れず人を人とも思わない裁判官がいた。ところが、その町に一人のやもめがいて、裁判官のところに来ては、『相手を裁いて、わたしを…

ペテロの説教

今日、子供たちが自殺したり、又親が子を殺し、子が親を殺すという悲惨な事件は、人間の本来の姿を失っていることを現しています。 本来の人間の姿とは、神を愛し、人を愛し、神の戒めを守ることです。 私たちも祈ること、み言葉を学ぶこと、賛美し、神を礼…

人の罪と、苦しみ、悲しみを荷なうバプテスマ

イエス・キリストが、この世に来られたのは、人間に救いをもたらし、希望を与えるためでした。 「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネからバプテスマ(洗礼)を受けられた」 (マルコによる福音書1:9) イエスが、バプテスマ…

イエスは、キリストである

テサロニケは、現在ギリシャの第二の都市といわれる大きな町です。 パウロが伝道した当時も、マケドニヤ地方の第一の都市でした。 そのテサロニケにおいて、パウロは、旧約聖書を用いて、ユダヤ人にもギリシャ人にも、イエスはメシヤであり神の子であること…

一人一人の人生を導く主

神様は、私たちの人生を導くお方です。 私が、高校に入学して間もない頃、国語の教師が、芥川賞をとって間もない、「太陽の季節」という本の素晴らしさを、熱っぽく語ってくれました。 当時、私は充分その本を読んだのでもなく、ただ教師の語るところから教…

豊かに実を結ぶ

「主の教えを愛し その教えを昼も夜も口ずさむ人 その人は流れのほとりに植えられた木。 ときが来れば実を結び 葉もしおれることがない。 その人のすることはすべて、繁栄をもたらす」 (詩編1篇2節、3節)。 詩編1篇2節、3節は、わたしの心に響く聖句です。…

平和

テレビや新聞の報道を見ていると、世も終りだという言葉が沸き起こってくることがあります。 暗いニュースが相次いで伝えられてくると、私どもの前途が暗く見え、毎日の努力も何か空しいものに思えてきます。 一方では、確かに世の中は、科学が発達して人間…

フィリポの主イエスとの出会い

原点とも呼ばれる出会いが、人それぞれあるのではないでしょうか。 その出会いが、人間同士の出会いを越えて、神との出会いにつながるとき、そこには、言葉で現せない、人に対する神の測り知れないお恵みと愛を見ます。 聖書の中には、様々な形で神様に出会…

十字架を負う

田中信生先生のご本の中に、先生の教会員で幼稚園の先生の事が書かれています。教会に出席した始めの頃は、随分厚化粧をしていたそうです。後でわかったそうですが、どうもドーランを塗っていたらしいのです。顔にアザがあり、それを隠すためだったようです…

イエス・キリストをご存知ですか

英国のレスリー・ウエザーヘッドが、ある時アメリカのマンハッタン地区の牧師会で話をすることになりました。 ところが彼の乗った船は霧で大幅に遅れ、牧師たちは長時間待たされることになってしまいました。 ようやく到着したとき、ウエザーヘッド博士はこ…

天の霊的祝福

新約聖書のエフェソ書を少しずつ学んでいます。 エフェソ書1章3節には、神に対する賛美と感謝がでています。 特に、エフェソ書の1章に記されている賛美の理由を教えられました。 神は、キリストにあって「天の霊的祝福」でわたしたちを満たしてくださった…

なぜ、わたしを見捨てたのですか

私たちは試練に陥ったり、重い病に罹ったり、また死に臨むとき、「神に見放された」、「見捨てられた」、時には「呪われている」とさえ思うときがあります。 それは私の一人だけの経験でなく、多くの信仰者の経験を見ても、試練の中で絶望し、神が見えなくな…

人間の力が尽きた時に、初めて神の力が働いてくださる

「祈りは聞かれる」(渡辺暢雄著)という本の中に書かれている、345日目に聞かれた祈りのお話しを三浦綾子さんは、「天の梯子」という本の中で紹介しています。 札幌の教会に起ったことでした。 ある一人の信徒と牧師が心を合わせて、市内の北部に伝道所…

受難の死と復活

ペテロ第一の手紙2章21節に、 「あなたがたは、実に、そうするようにと召されたのである。キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである。」 とあるように、イエス・キリストの足跡は苦難の生涯でした…

神との間に平安を得ており

ローマ信徒への手紙5章1節、2節には、 「このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって平和を得ており、このキリストのお陰で今の恵みに信仰によって導き入れられ」・・・となっています。 「信仰…

信仰の訓練

「すべての訓練は、当座は、喜ばしいものとは思わず、むしろ悲しいものと思われる。しかし後になれば、それによって鍛えられる者に、平安な義の実を結ばせるようになる。」 (ヘブル人への手紙12章11節) 信仰の歩みは決して平坦な道ばかりではありませ…

信 仰

「信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自分を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。」(へブル人への手紙11章6節) 信仰というと、神は存在するのかどうかと神の存在証明…

愛に生きる

ローマ人への手紙12章9節の最初に、「愛には偽りがあってはならない」とあります。 愛というのは、心の深いところからでてきます。ですから自分自身も、他人も気づかない場合があります。 ローマ人への手紙12章10節に、愛の十戒と呼ばれている言葉が…

今は恵みの時

世界のどこかで争いがあり、災害が頻発に起っています。 新約聖書の最後に黙示録という箇所があります。黙示録7章1節に次のように記しています。 「わたしは大地の四隅に四人の天使が立っているのを見た。彼らは、大地の四隅から吹く風をしっかり押さえて…

ネブカデネザル王の夢

旧約聖書を見ると、ダニエル書というのがあります。そのダニエル書の中に未来を予言する夢が出てきます。その夢というのは、紀元前七世紀から六世紀にかけて活躍したネブカデネザルというバビロンの王様が見たものでした。 ネブカデネザル王は自分の大帝国が…

祈りの特権

主イエス・キリストのみ言葉の中に、 「しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」ルカ22章32節 とあります。 このみ言葉は、主イエスが、永遠に変わりなく、私…

心うなだれ、呻く、魂の祈り − 詩篇42篇から

神を信ずる人と言えども、時として、孤独と孤立の中で、神の不在を感じ、激しく、神の存在とその確証を、求めて祈るのではないでしょうか。いや、信ずる人であればこそ、その気持ちを強く持つ事があるのではないでしょうか。そこに真実の信仰の告白を見ます…

死の恐怖からの解放

宗教を研究するある学者の方が、人間の死に対する恐れには二つあると言っています。 一つは、死ぬまでの間の体の苦しみです。想像しただけでも苦しくなります。体が段々衰えて死んでいくのですから、苦しいに違いありません。死ぬのが怖くなります。 二番目…