幸せを約束する聖書の言葉

あなたが聖書のみ言葉に接するとき、心に満足と喜び平安が与えられます

ジョン・カルヴァン、別れの言葉

 宗教改革者、ジョン・カルヴァンは55才で召されました。


 彼の最後の言葉は慰めに満ちています。


 50才の頃に、既に右足を痛めて、ステッキを突いていたそうです。


 あまりに痛みがひどい時には、友人に支えられてようやく教会堂を訪ね、説教壇に上がることが出来たと記されています。


 病気の連続であったようです。毎日のように説教し、1つの日曜日に3回違う説教をしたと言われています。


 その間に書物を書き、人に会い、激しい宗教改革の戦い続け、沢山の手紙を書きました。


 実に激しい生活をし、その中で肉体を使い果し、ぼろぼろになり、50才を過ぎてからは、人が変わったかと思われるほどに痩せ衰えて死んだと書いてありました。


 5月に亡くなりますが、その2ヶ月前に自分の死が近づいたことを悟り、遺言を書き残すと共に、3月のある1日、自分の家に、教会に仕えていた牧師たち、長老たちを招き、別れの言葉を語ったのです。

 「わたしは多くの弱点を持っていたので、あなたがたは、それらを我慢しなければなりませんでしたし、わたしのしたことは何の値打ちもないことです。悪人どもはこんなことを聞くとざまを見ろというかもしれません。
 それでもわたしは申します。わたしのしたことは何の値打ちもなく、わたしは惨めな被造物であります。」


 偉大な宗教改革者にして、最後の言葉は、自分は良く働いたという言葉を語るかと思いきや、そうではなく、神の前に自分の働きは、消えてなくなるもの、無に等しいものとして語っているように思います。


 神と永遠の前に私たちは、生涯の終わりに、惨めな被造物であることを実感しているのではないでしょうか。


 あの偉大なカルバンにしてそう思っていたとは、私たちに慰めを与えてくれます。


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