幸せを約束する聖書の言葉

あなたが聖書のみ言葉に接するとき、心に満足と喜び平安が与えられます

福音を恥としない

パウロはローマ人への手紙1章14節で、


 「わたしには、ギリシヤ人にも未開の人にも、賢い者にも無知な者にも、果すべき責任がある。」と述べています。


 「果たすべき責任がある」という言葉の中に、神様の大きな憐れみとお恵みをみます。


 具体的には、パウロの劇的な回心と、異邦人への使徒にされたという、神様のお恵みと憐れみです。


 新改訳聖書を見ると、


 「私はギリシャ人にも、未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っています」となっています。


 新共同訳と、新改訳で訳でそう違いはありません。ただ一ヶ所「果たすべき責任」という箇所が、新改訳では、「返さなければならない負債」となっています。


 ここで言われている「責任」、「負債」は、普通の「借金を返す」意味ではありません。


 神様から受けた大きな恵みの故に、その恵みを一生懸命あらわす生き方を言います。


 パウロは教会を迫害する者でした。


 ある者を牢獄に送り、そこで死んだ者もいました。自分では、神に従ったつもりで、イエス・キリストの教会を迫害したのです。


 その最中にダマスコの郊外で、イエス・キリストに出会い、罪を許されて、伝道者に任命されたのです。それは一方的な神様のお恵みでした。


 その神様のお恵みを受けて、それを人々に伝えること。それが果たすべき「責任」であり、「負債」だったのです。


 戦後、戦地で生き残った人たちが、戦友の分まで生きよう、自分のこれからの生涯は、自分の人生でなく、亡くなった戦友の分を正しく生きることだ、という人の言葉をよく目にしたものです。


 これもまた、一つの負債をもった、責任をもった者の生き方です。


 私たちが困った時に、助けてもらった時、その恩に感じて、生きるのも責任と、ある意味で感謝の負債を感じるのに似ているかもしれません。


 パウロの責任、負債というのは、全ての人にイエス・キリストを伝えるということで、神様に対する感謝、責任、義務、負債をあらわしていたのです。


 そして、今、目前の目的は、ローマの人たちに福音を伝えることでした。


 ※次回に続く