幸せを約束する聖書の言葉

あなたが聖書のみ言葉に接するとき、心に満足と喜び平安が与えられます

福音を恥としない(3)・・・救いをもたらす神の力

 マルコによる福音書8章38節に、イエス・キリストの言葉があります。


「邪悪で罪深いこの時代にあって、わたしとわたしの言葉とを恥じる者に対しては、人の子もまた、父の栄光のうちに聖なる御使たちと共に来るときに、その者を恥じるであろう。」
 

 イエス・キリスト自身の中に、またその教えに対して、恥じることがあるというのです。


 しかし、パウロは「わたしは福音を恥じとしない」と16節で宣言します。


 恥と思わせるものが、例え人間的な弱さを含むとしても、その人間的な弱さを通して、神の力があらわされ、人々を救うというのです。


 ローマ人への手紙1章16節


 「わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。」


 ある人は、こう述べています。


 「パウロが誇るのは、ただキリストの恵みだけであるから、その誇りを誰も奪い去ることはできない。またキリストの力はパウロの弱さによってあらわれるので、パウロは自分の弱さを喜んで誇っていたのである。」


 コリント第二の手紙8章9節には、


 「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っている。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、あなたがたが、彼の貧しさによって富む者になるためである。」とあります。


 パウロは、キリストによって救われて、自分がいかなる者に変えられたか、深く分かっていたのでしょう。