幸せを約束する聖書の言葉

あなたが聖書のみ言葉に接するとき、心に満足と喜び平安が与えられます

再臨のイエス・キリストを迎える

 「セブンスデー・アドベンチャーさんですか」と言われることがあります。


 私は、「はい」と答えたのですが、正式には、セブンスデー・アドベンチストです。


 アドベンチストというのは、辞書で見ると、キリスト再臨論者となっていました。また、他の辞書を見ると、再臨の信徒となっています。


 もともとアドベンチストは、アドベントという言葉からきています。アドベントというのは”到来””出現””キリストの降誕”という意味があります。


 The Second Advent(セカンド アドベント)というと、再臨という意味になります。

 
 つまり、2番目の到来、2番目の出現、2番目の降臨ということになります。


 日本キリスト教団という教会があります。日本のプロテスタント教会では一番大きい教会です。


 アドベントについて、このように解説しているのを見ました。


 「愛のわざに励みつつ、再び来たり給う主を待ち望む」即ち、来臨の主を待ち望むということがアドベントだというのです。


 テサロニケ第一の手紙5章1節から11節に次のように記されています。


 「兄弟たちよ。その時期と場合とについては、書きおくる必要はない。あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る。人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない。しかし兄弟たちよ。あなたがたは暗やみの中にいないのだから、その日が、盗人のようにあなたがたを不意に襲うことはないであろう。あなたがたはみな光の子であり、昼の子なのである。わたしたちは、夜の者でもやみの者でもない。だから、ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして慎んでいよう。眠る者は夜眠り、酔う者は夜酔うのである。しかし、わたしたちは昼の者なのだから、信仰と愛との胸当を身につけ、救の望みのかぶとをかぶって、慎んでいよう。神は、わたしたちを怒りにあわせるように定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによって救を得るように定められたのである。キリストがわたしたちのために死なれたのは、さめていても眠っていても、わたしたちが主と共に生きるためである。だから、あなたがたは、今しているように、互に慰め合い、相互の徳を高めなさい。」



 パウロは、テサロニケへ遣わしたテモテが帰ってきて、テモテからテサロニケの教会で問題になっている一つのことを聞きました。


 それは、再臨を迎えることなく、イエス・キリストを信じて亡くなっていった兄弟姉妹はどうなるかということでした。


 テサロニケの教会員は、死なずに再臨を迎えるものと思っていたのでしょう。


 ところが、愛する兄弟姉妹が次々亡くなっていくのを見て、悲嘆にくれていたのです。


 そこでパウロは、テサロニケ第?4章13節にあるように、「兄弟たちよ、眠っている人々については、無知でいてもらいたくない。望みをもたない外の人々のように、あなたがたが悲しむことがないためである」と言って14節から18節にあるように、イエス・キリストが再び来られるときに、主にあって亡くなった人たちがまず先に復活することを教えたのです。


 主にあって亡くなった人々が、いつまでも、そのまま放置されたままでなく、先ず、最初に復活することを伝えたのです。


 亡くなった人たちも、主の再臨のときに、再び復活によって再会する望みがあることを伝えたのです。


 それでは、再臨はいつあるのだろうという質問がわいてきます。



 それでパウロは、以前テサロニケの教会の人たちに教えたことを確認するように、5章1節から続けて語ったのです。



 イエス・キリストが再びおいでになる時期と場合については、書きおくる必要がないと言っています。



 「5:1兄弟たちよ。その時期と場合とについては、書きおくる必要はない。 5:2あなたがた自身がよく知っているとおり、主の日は盗人が夜くるように来る。 5:3人々が平和だ無事だと言っているその矢先に、ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むように、突如として滅びが彼らをおそって来る。そして、それからのがれることは決してできない。」



 「兄弟たちよ。」と呼びかけるパウロの言葉の中に大切なことを確認する響きがあります。


 
 ※次回に続く



幸せを約束する聖書の言葉 第2集
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