幸せを約束する聖書の言葉

あなたが聖書のみ言葉に接するとき、心に満足と喜び平安が与えられます

ままジュゴンの「迷い」と「決断」

私が難病に指定されている特定疾患のパーキンソン病(神経難病)を発病したのは、15年前の10月15日です。60才の時でした。自動車を降りてある建物の入口に向かったその瞬間、足が前に進まない、体と足が鉛のように重い・・。これは何か病を発症した。治らない病だ。脳からきている。とっさに判断したのです。それから、立っていることが辛く、様々な症状(動作緩慢、無動、固縮、足の震え、すくみ足、小歩症、ジストニア、ウエリングオフ、自律神経障害、感覚神経障害、痺れ、痛み等)が次々と現れ、内科、心療内科、脳神経内科と検査と医師の診察を受けていく内に、パーキンソン病の名医、水野美邦医師の診察を受け、心筋シンチグラフィーの検査で病名が下されたのです。「現在の医学では治らない。」「原因はわからない。」「完治する方法もない。」「しかし、薬はあります。一生飲んでください。」と先生は言われたのです。

 

進行性であり、変性疾患であるパーキンソン病との付き合いが始まって、一日たりとも、一瞬たりとも病からくる様々な症状に休みありません。24時間、常に病と向き合うことになりました。初めの2年間は、殆ど、天井を見つめている生活でした。休んで寝ていれば何時かは治るのではないか、少しでも良くなるのではないかという望みを持ったからでした。しかし、それはありませんでした。

 

その時、幼い頃通い、始めて知った霊南坂幼稚園(日本キリスト教団系列)の教えを思い出し、目に見えない大きな存在を感じ祈ることにしました。そして、それしかない、つまり、人間には不可能だと。神には不可能なことはない。そして、その決心に添ってブログを書き始めることを決心しました。9年前のことです。牧師の執筆、放送原稿を中心に9年間ブログを書いて載せ続けました。睡眠障害に悩まされ、何年も、何年も夜中に起きてしまうことが続きましたが、その時はブログを書き続け、切り抜けることができました。

 

聖書には病の中にある人々に対して、多くの慰めの言葉があります。私も日々、病の中にあり、時には、病に負け、自分に負け、心が負けてしまうことがあります。また、判断に迷うことがあります。意気消沈します。時には、何故かわかりませんが、涙が止まらない、賛美歌を聞くと大泣きしている自分がいます。しかし、その中で私に励まし、教え、導き、勇気づけ、命を与え、感謝する心、力を与えてくれるのも聖書の言葉なのです。

 

私の決断は、このように病が進行していく中で、不安もあります。病気の進行に対する恐れもあります。いつまでかはわかりませんが、書き続けられる力が与えられる限り、書いていくという「決断」をしています。読んでくださる皆さまと共に前に進んで行きたいと願っています。それには、病気からくる「迷い」は消えてしまうのです。(ままジュゴン)
 

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あなたは、わたしの内臓を造り
母の胎内にわたしを組み立ててくださった。

わたしはあなたに感謝をささげる。
わたしは恐ろしい力によって
驚くべきものに造り上げられている。
御業がどんなに驚くべきものか
わたしの魂はよく知っている。

秘められたところでわたしは造られ
深い地の底で織りなされた。
あなたには、わたしの骨も隠されてはいない。

胎児であったわたしをあなたの目は見ておられた。
わたしの日々はあなたの書にすべて記されている
まだその一日も造られないうちから。

<詩編139:13-16 旧約聖書・新共同訳 >

 

(はてなブログの「りっすん『迷い』と『決断』」に投稿した記事より・・・。)